私:「最近、私の部下にアンリ・カルチェ=ブレッソンの写真展覧会を見に行って感想を言え、と言ったんですが、『何がいいのかさっぱりわかりませんでした』って言われました」

先生:「それは当然かもしれません」

私:「なんでですか?」

先生:「写真を読むという行為は、語彙力と関係しているからです」

私:「それはどういうことですか?」

先生:「アンリ・カルチェ=ブレッソンのモノクロ写真は、白と黒という抽象表現です。その微妙さを感じとって言語化するというのは、語彙力そのものが試されますよね。それに、写真というのは絵画などと違って明確なタッチはないですし、見る人の感性が試されますから」


“そういえば、以前、友人とブランキー・ジェット・シティの話になり「なんで名古屋なんて土地から、こんな素晴らしいバンドが出てくるんだ?」と問われ、「クソったれた場所だからだろ」と答えたことがあった。われながら模範解答だったと思う。”

moviesinframes:

American History X, 1998. (dir. Tony Kaye)
By themichaelkiggins

moviesinframes:

American History X, 1998. (dir. Tony Kaye)

By themichaelkiggins

グラフィックデザインを見ている人というのは、CGを駆使したハリウッドの最新映画や、目がくらむほどの特殊効果を使った流行のミュージックビデオを見ている人と同じ人たちなのです。

どうやってグラフィックデザイナーはこのような魔術と渡り合うことができるのでしょうか。私たちはテクノロジーも予算も時間もありません。もし私たちの作品に注目してほしければ、まったく逆の手段をとらなくてはなりません。つまり、リアリティにうったえなければいけないわけです。現実の世界を注意深く観察して、「見てください。こんな身近にあったのに、知っていましたか?」と見る人に伝えなくてはなりません。それが私にとっては、どんなにすばらしい特殊効果よりもわくわくすることなのです。

ほかにもグラフィックデザイナーが知っておかなくてはならない今日の状況があります。

コンピューターが現れる前は、印刷物の製作はデザイナーと印刷所に託されていました。クライアントの多くは、どのようなものが仕上がるのか非常に曖昧なイメージしか抱かずに、ロゴやPR誌、事業報告書、パンフレットといった企業ツールに十分にお金をかける心構えがありました。

しかし、今はわずかな経費で、コンピューターやスキャナー、プリンターを持っていれば、誰もがソフトを買って、ある程度の企業ツールを作ることができます。かつてのデザインや印刷の秘技はついになくなってしまいました。

さて、以前は大金を払って専門家に依頼していた仕事と同じことがタイピストにできてしまったら、デザイナーには何が残るのでしょうか? 

デザイナーは、タイピストではできないことをやらなければなりません。彼らは創造的な問題解決者にならなくてはなりません。残念ながら、思考することはデザイナーが好む行為ではありません。デザイナーが好むのは、その選択が最適かどうかにかかわらず、文字、色、形を選び、特有のスタイルでイメージを描き、最新のグラフィック技法を次の仕事で使うことなのです。

デザイナーはこれらの小細工を「カルチャー」から手に入れます。「カルチャー」はデザイナーに何がかっこよくて、何が流行していて、何が人気があって、何が古いのか教えてくれます。「カルチャー」はすべてのデザイナーに同じことを伝えますから、もしが何かオリジナルなことをしたければ、言うまでもなく、「カルチャー」に影響を受けるべきではないのです。

私が辿りついた、オリジナルの作品を作成し、なおかつクライアントもきちんと満足させることのできる最適なプロセスとは、次のようなものです。

仕事の依頼があったら、どんなに自分がその対象のことをよく知っていたとしても、それにまつわるすべてをいったん忘れます。つまり、初めてその対象を知ったようにして接するのです。すると、最終的にはその対象について自分が心の底からわくわく感じることを、言葉にできるようになるのです(この表現がわくわくするものであればあるほど、イメージもわくわくするものになるでしょう。)対象のおもしろい点について言い当てる、というのが一番難しいところです。

対象について何か面白いこと、または(願わくは)オリジナルなことを言えるようになってはじめて、イメージについて考える準備ができたということになります。私は言い当てた言葉に耳を傾けます。「グッドデザイン」についての先入観をすべて忘れ、その言葉が自らのとるべきかたちを私に語りかけてくるのに任せるのです。

この展覧会で私の作品をご覧になり、私が言行一致につとめていることに同意していただけたら幸いです。

それではごきげんよう。

ボブ・ギル


“根拠はないが、以下のことは事実でありましょう。50人の男にひとりは人格障害者=サイコであり、2人は痴漢であり、3人はカッとなると暴力が押さえられないDV男であり、4人はアル中であり、5人はストーカーである。6人には虚言癖があり、7人は病的に怠惰であり、8人は強烈馬鹿母親系マザコン(立派母親系マザコンはよいのである。母親のチェックは怠りなく。男は母親に似る。精神の貧しさも豊かさも男の場合は、母経由。)である。つまり、ほぼ安全なまともな男とは、50人中14人しかいないのである。しかし、何を悲しむことがあろうか。14人も「まとも」なのだ。そう思って、後の36人と関わらないように用心してちょうどいい。「男を見たら痴漢と思うこと」は、若い女の子の「教養」です。中学や高校の生徒手帳の最初のページに、評語として印刷されるべき知恵である。”

takaakik:

tsukamoto:

伝説の手妻が300年ぶりによみがえった。普段寝てばかりの男が、腹が減ると、馬を丸ごと1頭のみ込むという「呑馬術」だ。ろうそくだけの薄明かりのなか、白装束の藤山さんが舞台上の生きた馬を吸いこむようにのみ込んでいく。一転。紙製のチョウが生きているように舞う「蝶のたはむれ」や「水芸」など、派手でにぎやかな手妻がお囃子に合わせてテンポよく披露され、約300人で満席の客席からわいた拍手は、しばらく鳴りやまなかった。(via asahi.com(朝日新聞社):これぞ江戸の手品、馬をのみまする 東京で公演 - 社会)

takaakik:

tsukamoto:

伝説の手妻が300年ぶりによみがえった。普段寝てばかりの男が、腹が減ると、馬を丸ごと1頭のみ込むという「呑馬術」だ。ろうそくだけの薄明かりのなか、白装束の藤山さんが舞台上の生きた馬を吸いこむようにのみ込んでいく。一転。紙製のチョウが生きているように舞う「蝶のたはむれ」や「水芸」など、派手でにぎやかな手妻がお囃子に合わせてテンポよく披露され、約300人で満席の客席からわいた拍手は、しばらく鳴りやまなかった。
(via asahi.com(朝日新聞社):これぞ江戸の手品、馬をのみまする 東京で公演 - 社会)

ultramarine:

shrineroof:

sampler:

ecotam:

個人の中には「誰からも理解されないかもしれない」という思いや経験が必ずある。

“母の死” とか “恋人の裏切り” とか
“40日連続した真夏日の午後2時にふと感じた気分” とか
“3月の半ば頃に1日家の中にいて、夕方窓を開けてみたら、
外の空気がこちらの体が予期したのよりずっと暖かかったときの気分” とか……、
ある出来事に出会ったときにその人が感じた思いが、
常に事前に誰かの言葉によって書かれているのだとしたら、人は辞書をめくるようにして、
世界中にある書物を探せば、それを見つけ出すことができるけれど、
人には絶対に「いままで誰も書いていない」と感じ、
それゆえに「誰からも理解されないかもしれない」と感じる思いや経験が必ずあって、
「これを書いても誰からも理解されないかもしれない」と思いつつも、
それでも「自分の孤独の中での作業が誰かの孤独と響き合うこともあるかもしれない」
という期待をかすかに抱きつつ書くことが小説の原型なのではないかと思う。

だから小説を書くことに向かない性格というのがある。
自分の感じていることをすぐに既成の言葉に当てはめてしまおとする人。
または逆に(同じことなのだが)既成の言葉を使って
自分が感じつつあることを次々に説明していってしまう人。
つまり、言葉で説明できない不安定な状態のままに気持ちを保留させておくことに
耐えることのできない人は小説を書くことに基本的に向いていない。


— via 小説論





“よく、「どうやって人脈をつくりますか?」と聞かれることがあります。でも、人脈というのは、つくろうと思って簡単にできるものではありません。現代の名編集者の1人である幻冬舎の見城徹さんが、「名刺を交換したり、パーティで会ったりして、あの人と知り合ったといってるけど、そんなのは意味がない」というようなことを書いていますが、そのとおりだと思います。 結局は、自分の仕事によってでしか、人脈を築くことはできません。かつて、映画評論家の淀川長治さんは、チャップリンと初めて会ったとき、彼の出演した映画のタイトルを、最初の作品から最新作まで一気に話したといいます。これを聞いて、チャップリンは「こんなに自分のことをわかってくれてるとは」と思ったのでしょう。2人は意気投合し、それ以来親友になったそうです。 僕らの仕事では、取材の依頼状で、相手が「まさにここを評価してほしい」と思っている個所をわかっているという片鱗だけでも見せられれば、相手は「会ってみよう」という気になってくれます。で、最終的に、できあがった記事を通じて「わかっている」というシグナルを送ることができれば、そこから先、あなたからの仕事は断らないという特別待遇を与えられる。ここまで持ち込んで、やっと「人脈」になるわけです。人脈を作りたいなら、相手から「こいつはちゃんとわかっている」と思われることを目指してほしいですね。”